エルメスのケリーバッグが世界中で愛される理由

エルメスのケリーバッグ

 

ケリーバックの誕生まで

・エルメス発祥

エルメスが1837年に創業された当時は馬車の普及に伴い高級馬具がヨーローッパの貴族の間で非常に好んで使用されるのを受けて、馬具の製造ブランドとして成長してきたのがエルメスでした。

 

創業者のテリー・エルメスはフランスでは最高の馬具屋として有名でハーネスや手綱のその品質の高さには定評があり、1855年と1867年にはその部門で最高峰のアワードを獲得しています。

・エルメス世界進出

1880年テリーの息子チャールスが事業を引き継ぎショップを現在あるフォーブルサントノーレに移し、パリやヨーロッパが中心であった事業をアメリカ、ロシア、アジアの富裕層にも広げていく動きを見せていきました。

 

その後チャールスは意欲的に商品開発に取り組み、1990年馬のサドルに合わせ特別にデザインしたスパゲティストラップの鞄を発表したのでした。これがエルメスが馬具から高級鞄へと事業を広げていく最初のきっかけとなった瞬間でした。

 

チャールスが事業の一線を退いた後は二人の息子エドルフとエミールに引き継がれ1918年にプリンスエドワードにジッパー付きの特別ゴルフジャケットを奉納すると同時にジッパーの使用特許を得たエルメスはフランスではエルメスファスナーと呼ばれるほど有名になったのでした。

 

1920年代には兄弟はアクセサリーや洋服にも事業を拡大し、エミールの夫人がどこを探しても理想の鞄が見つからないとうのを理由に本格的にバックのシリーズを製作するようになりました。

・ケリーバッグ誕生

1930年代初めエルメスは精力的にアメリカにも進出し、2店舗をオープン。最初のケリーバックはフランスでは「派遣バック」と呼ばれたが、その後アメリカの女優”グレースケリー”の名前を取って改めてアメリカで発売されました。

 

アメリカでの大成功の陰にはNYにあったニーモンマーカスデパートメントがエルメスの商品を大きく取り扱ったことがきっかけでアメリカ全土にハイエンドブランドとして広がり、エルメスの名を不動のものにしていったのでした。

 

ケリーバックと呼ばれるようになったアクシデント

ケリーバックは1955年モナコ公妃となったグレースケリーが妊娠中の腹部を隠すためにバッグを自分の前にかざした様子が写真で紹介され、そのころ「サックアクロア」=派遣バックとして販売していたエルメスはケリーバックとして公式に改名し更に広くエルメス=ケリーバックとして有名になったのでした。

 

ケリーバックの特徴

ケリーバックの製造には専門の職人が一つ一つ丁寧に18時間かけて完成させます。

 

バックの特徴として持ち手が一つで、のちに展開されるバーキンよりもフォーマルに仕上げられているその特徴は縫い方にも強調されていて、「外縫い」と「内縫い」によって若干テイストの違いが表現されています。

 

外縫いは端を蝋蜜で固め直線的で固いイメージ。縫い合わせが内側に入った内縫いでの仕上げはふっくらとした柔らかい印象があります。ケリーバックのサイズは4サイズで、25、28、32、35。

 

このほかにミニケリーやミニミニケリーやポケットケリーなどと呼ばれるアクセサリー感覚のバックも愛好家にはたまらないアイテムです。